湿気の多い祝日の深夜にひっそりと

出来立ての麻婆豆腐は焦げていた
君が考える「スパゲッティ」と、一般的に思っている「奇跡」は、もしかすると全然違うものかも。そう思うと、ちょっぴり変な感じがしない?<ヘッダー>

騒がしくお喋りする兄さんと枯れた森

少年は真夜中の3時に目覚めてしまった。
夏休みが始まって1週間ほど経った夏のことだった。
あまりの暑さに深く眠れなかったようだ。
せんぷうきは部屋の空気を混ぜているだけで、全然涼しいとは思えない。

寝れないし、お腹も減ったので、少年は大好きなカレーを作る事にした。
冷蔵庫を開け、肉と野菜を切って、炒めたり煮込んだりした。
空が明るくなってきた頃、台所からは、とても美味しそうなカレーのいい匂いが広がっていた。

夢中で熱弁するあいつと公園の噴水
めっちゃ甘いおやつが好みで、スイーツなどを自作します。
普通に手動で一生懸命混ぜて、オーブンで焼いて作成していたのだが、最近、ホームベーカリーで焼いてみた、大変楽でした。
こどもにも食べてもらう、ニンジンを混ぜたり、バナナを混ぜたり、栄養が摂取できるように心がけている。
シュガーがちょっとでもニンジンや野菜の甘さがあるので、喜んで口にしてくれます。
ここ最近は、スイーツ男子なんて言葉もメディアで言っているから一般的だけれど、しかし、学生の頃は、ケーキを自分で作っているいるといったら不思議に思われることが多かったです。
ここ最近は、お菓子をつくる男性がよくいるよねと言われてそれも寂しい。

気持ち良さそうに話す姉妹と夕焼け

一年の中で、雨の続く梅雨の時期がなぜか好きだ。
空気は湿度が上がり外出すると濡れてしまうけれど。
それは、子どもの頃、この時期に見られるアジサイが可憐で、それ以来この花が咲くのを楽しみにしている。
九州長崎で付き合っていた、シーボルトとお瀧のあじさい逢瀬を耳にしたことがあるだろうか。
オランダ人の中に紛れて日本へやってきた、医師のシーボルトが、あじさいを見ながら「お瀧さんのように綺麗な花だ」と話した。
梅雨に可憐に咲くアジサイを目にして何度も、お瀧さん、お瀧さんと口にした。
しだいに訛って、アジサイは「おたくさ」という別の名を呼ばれるようにもなったらしい。

寒い平日の夕方は椅子に座る
学生時代の友人と1時に待ち合わせをしていた。
いつもの駅のいつも通りの大きな画面の前。
そこで、ちょっと遅れると連絡が入った。
大きいテレビの前はみんなの集合地点なので、待ち人も次々に去っていく。
mp3で曲を聴きながら、その光景をぼーっと見ていた。
でもあまりにも退屈なので近所のカフェに入って、アイスティーを飲んでいた。
しばらくして、友人が遅くなってごめんね!と言いつつやってきた。
今日のお昼は?と聞くと、パスタがいいかもと言った。
ホットペッパーを見てみたけれど、入りたい店を探せなかった。

凍えそうな休日の夜は昔を思い出す

花火大会の時期だけど、しかし、住んでいる位置が、行楽地で毎週末、花火が上がっているので、もうあきてしまって、新鮮さも感じなくなった。
毎週、打ち上げ花火を打ちあげているので、クレームもわんさかあるらしい。
自分の、住居でも花火の音が大きすぎて自分の子供が怖がって泣いている。
年に一回ならいいが、夏期に、毎週末、長時間、音がなっていては、うざい。
早く終わればいいのにと思う。

熱中して泳ぐ父さんと紅葉の山
ここ最近、ひとり娘が外で遊ばない。
暑すぎるからだろうか、おもちゃがめっちゃもらってふえたからか。
ちょびっと前までは、めっちゃ外に行きたがっていたのに、今は、全然行きたがらない。
なんというか、父親だと、今のところ困ることもなく、気にしないが、けれども女親としてはちょびっとでも複雑らしい。
けれど、蒸し暑い場所でいさせるのも熱中症が不安だ。

息もつかさず話す母さんと穴のあいた靴下

笑顔って素敵だなーと感じるので、なるべく笑顔でいるように気を付けている。
なるべく、時と場合を考えて。
しかし、周りに押し付けてはいけない。
結局は、一概には言えないけれど個人的な価値観として。
業務中はシリアスな顔で一生懸命に仕事していた人が、笑顔になったその瞬間。
もう、大好き。
笑いじわできる人が大好き!と話していた学生時代の友人。
気持ちも納得できるかもしれない。

怒って熱弁する家族と夕焼け
ある難しい業務があったとき「なんとかなる」などと思っていた社会人になりたての自分。
その時、私たちプロジェクトメンバーのみんなが「過ぎちゃえば割と簡単なことだよ」などとあっさり取り組んでいた。
このタイミングで指導担当の女性上司が、注意した内容が記憶に残っている。
「成功に向かって充分に日々を過ごしたからこそ、過ぎてしまえばなんてことなかっただけ。
なので、今のあなたたちのように甘く構えていて、偶然内容が単純だったという意味ではありません。
終わってしまえばなんてことないといった本当の意味は、正反対です。
以前からしっかり勉強し準備をしたからこそ、能力が業務内容を越えて、事が円滑に進んだという事を言っています。
じゅうぶん本気になりましたか?
甘く見ないで真剣に取り組んでください。」
という事。
この言葉があってから、みんな必死に勉強しなんとか収めきることができた。

雲の無い水曜の明け方は食事を

よく遊ぶチカコは頭がキレる。
頭が良いんだなーと思う。
絶対他者を裁いたりはしない。
違うんじゃない?と思っても、まずはその人の気持ちを酌む。
なので、視野が膨らむし、我慢強くなるのだ。
考えを貫く事より、こうしている方が彼女にとって楽なのかもしれない。
自分が傷つかなくてすむやり方、悪いことが起きても経験値にする方法をとても理解している。

どしゃ降りの日曜の明け方に足を伸ばして
夏休みが半分ほどたった頃の夕方。
「缶蹴り」で鬼になった少年は、ものすごくお腹を空かしていた。
捕らえても捕らえても缶をけられて捕虜が逃げるので、もはや今日の缶蹴りは終わらないんじゃないかと肩を落とした。
へとへとに遊び疲れて家に帰ると、玄関を開けた瞬間に今日の夕飯が分かった。
とびっきり美味しそうなカレーの香りに、少年は「よっしゃ!」と叫んだ。

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